衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年09月07日    土曜日     第1開示 合計1903開示

意識と意根は、二人の人に相当する

<h2 style="text-indent: 2em;">問:私は最近、観行 (vipaśyanā-caryā) をしていて、意識の正見が働くとき、あるいは意識が出てきて意根に助言を与えるときは、意根が事に対して少し疑いを持ったり、自分の元の見方を少し否定したりしているときにしか現れないことに気づきました。意識が学んだものが現行できる前提は、完全に意根が必要としているかどうかにかかっています。この理解で合っているでしょうか?</h2>

答:意識と意根は、二人の人間に相当します。二人の人間を比較してみれば、意識と意根が分かります。意根がちょうど助言を必要としているときに、神様に適切な助言を参考として与えれば、神様はとても喜んで受け入れます。意根が非常に頑固なときは、意識が何を言っても聞こうとせず、まして受け入れることはできません。もちろん、意根の頑固さを転じさせるには、意識が絶えず繰り返し強調して植え付けることにあります。最初は意根は必ずと言っていいほど聞こうとせず、受け入れませんが、時間が経てばそれほど頑固ではなくなります。そのときにさらに神様へ一歩進めた勧めを与えれば、神様を転じさせることができるのです。

——生如法師の開示
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