仏教を学ぶ目標は般若の大智慧を生み出すことであり、般若の大智慧があってこそ、成仏することができます。そして般若の体とは第八識如来蔵(tathāgatagarbha)であり、すべての仏経はことごとく如来蔵をめぐって展開されているのです。したがって、如来蔵こそが成仏の鍵であり、主体となる識なのです。意識心はごく容易に見つけて証得することができますが、意識を見つけても法界の真実の相を知ることはできず、般若の大智慧が生まれることもありません。これは仏教を学ぶ根本の目標ではないのです。
仏教を学び修行する根本の目的は、第八識如来蔵を証得することによって明心見性し、大乗の菩薩となることであり、その後、さまざまな観行 (vipaśyanā-caryā) の智慧を生起させ、最終的に成仏することです。八つの識の道理はどれも重要であり、すべて理解しなければなりません。そうすることで私たちは大智慧を得ることができます。一法でも知らないことがあれば、それが無明です。無明を断じ尽くせば、一切種智 (sarvākārajñatā) を具足し、心はすべて明となり、通達しない法はなくなって、成仏するのです。
仏教を学んで意識の体性を理解すれば、意識の我見 (ātma-dṛṣṭi) を断つことができ、もはや意識を真心である第八識として悟ることはなくなります。妄心である七識の体性を理解すれば、七つの妄心を見つけることができ、残る一つの第八識はごく容易に見つけられるようになります。第八識如来蔵を見つけることが明心開悟であり、そうすれば六祖の言う五つの何期自性 (svabhāva) を知ることができ、私たちの智慧は開花し、世出世間法の一切の来龍去脈を知り、万法の根源を知ることになるのです。
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