衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年12月21日    日曜日     第1開示 合計4557開示

観像念仏の益

釈如願:念仏のことを申し上げますと、私と母が念仏を唱える方法は、ちょうどお師匠様がおっしゃったように、本尊に重きを置き、仏号や音声にはありません。念仏を唱えるために唱えるのではなく、また音声が美しいからと唱えるのでもありません。私が最初に念仏を始めた頃は、仏の御名や功徳について何も知らず、いつも仏像を見ながら念仏を唱え、まるで阿弥陀如来の本尊を目の当たりにしているかのようでした。母に念仏を教える時もこの方法を用い、大変役立っています。

私がどのように念仏三昧を成就したかと言いますと、最初に兄が私に荘厳な紙の仏像をお願いしてくださり、仏像の下には「南無阿弥陀仏」という六文字が大きく書かれていました。当時、私は南無阿弥陀仏が何を意味するのか知らず、普通の名前だと思い、仏の尊称である無量光、無量寿、仏世尊であることも知らず、ましてや阿弥陀仏が西方極楽浄土の教主であることなど全く知りませんでした。

私が最初に念仏を始めたのは、朝昼晩と仏像の前に座り、仏像に向かって念仏し礼拝することでした。当時は、唱えれば唱えるほど良く、礼拝すればするほど良いと思い込み、一日に千五百回唱えるという願を立てました。一週間唱えるとだんだん力が入らなくなり、唱えたくなくなりました。それで仏像を見つめながら思いを巡らし、ぼんやりとして動きたくなくなりました。その後、仏堂に入って礼拝し念仏するたびに、仏像が明らかな光を放つのを見るようになり、私の身心を爽快にし法喜に満たされ、感動のあまり思わず大声で唱えてしまいました。声に出して念仏すると、子供の父親が私と口論し、唱えるな、それは迷信だと言うので、私は心の中で誠心誠意、仏を思い念仏するようになりました。念仏を唱えるために唱えるのではなく、どう念仏すべきかも分かりませんでした。その後、ちょうどお師匠様に出会い、正しい念仏の方法を教わり、仏菩薩とお師匠様の加護を感じるようになり、これほど多くの殊勝で微妙な法を学ばせていただいたのです!

講評:観像念仏には多くの利点があります。第一に、眼根で仏像を観ながら念仏することは比較的直観的で、体験が強く、より現実感があり、その境地に溶け込みやすく、印象深く仏像を記憶に留められます。念仏に専念し心を摂することができ、散乱せず、雑念が生じにくくなります。第二に、仏陀に対する敬仰、崇敬、敬愛、誠実の心が生じやすく、依止心、依存心、深い信心が生じ、それによって仏陀の加護力を得ることができます。自動的に清浄な願いが起こり、深く信じ切実に願って念仏することができます。そして実際の行動をもって仏陀の足跡に従い、菩薩道を実践したいと願うようになります。第三に、仏像は具体的であるため、念仏は的を絞って行うことができ、絶えず念仏の功夫を深め、次第に仏陀を憶念する程度に達し、念仏三昧の影が現れるようになります。

念仏にまだ明らかな効果が現れていない方は、観像念仏を試してみてはいかがでしょうか。非常に荘厳で、ご自身が見て心から喜ばれる仏像を一尊お選びになり、毎日観像念仏をなさってください。観像に慣れてきたら、目を閉じて心に思い描き憶念する訓練をすると、心の中に次第に仏像が現れるようになり、ついには夢の中にも仏が現れるようになるでしょう。


——生如法師の開示
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