問:長老サガタは、飲む物を見ずに飲み、酒が口に入っても味を弁えなかったのは、長老がすでに味の覚受を貪らなくなっているから、あるいは禅定があって、酒を飲んでも水を飲んでも同じであるからでしょうか。経の中の「見ず」というのは、すでに味覚を分別していないということでしょうか?
答:長老はこの女の居士を非常に信頼していて、まさか酒を出されるとは思わず、出されたものを何でも飲んでしまい、警戒心がありませんでした。飲んだとき、おそらく長老はアルコールなどに対する経験がなく、判別ができなかったのでしょう。さらに長老は大いなる神通力を持っていて、非常に自信があり、何事にも意に介さないので、何を飲んでもどうでもよかったのです。実際、四禅の定があり、大いなる神通力を持つ人は、色陰の区宇と受陰の区宇を過ぎていますから、色身は物質の色法の影響を受けません。仏陀の時代には、仏陀が方便として戒律を制定するために、弟子の中には仏陀に協力して衆生を度化し、仏陀とともに芝居を演じた者たちがいました。当時の悪人は本当の悪人ではなく、みな悪を装ったものでした。もし悪人が悪を造らなければ、これほど多くの経典が残るでしょうか。あれほどの戒律が残るでしょうか?
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