如来蔵 (tathāgatagarbha) が縁に依るというのは、業縁によって五陰 (pañca-skandha) の身を変現するのであり、あるいは色身を変化させるのです。もし如来蔵の中の四大種子だけに依拠するならば、父母の縁は必要なく、いかなる縁も必要ないということになり、そうすると衆生はすべて完全に同一のものであるはずであり、すべての世界や物質の色法も完全に同一のものであるはずです。如来蔵が三界の器世間と五陰の身を変現するのに、意根と六識も必要ないということになれば、世界は一色に均一なものとなり、業力と衆生の差別ということも語れなくなります。そうなると如来蔵こそが作主の識ということになり、世界は如来蔵が主となって生成するので、如来蔵には我性があることになり、無我ではなくなってしまいます。
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