衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常開示

2022年12月16日    金曜日     第2 回の開示 合計3782回の開示

瑜伽師地論 第三十四巻(六十六)

原文:彼はかくの如くにして、能く障碍を断ずる粗品の我慢、及び涅槃に対する摂受増上の意楽適悦を以て、後後の観心の所有する加行を捨離し、無加行無分別の心に住す。彼のその時、其の心は滅するに似て而も実は滅せず、縁無きに似て而も非ずして縁無からず。またその時、其の心は寂静にして、遠離に似たれども而も遠離に非ず。またその時、美しき睡眠の覆う所とならず、唯だ分明にして高下無き奢摩他行あり。

釈:修行者が此処まで修習すれば、観行を障碍する粗重なる我慢を断除し、涅槃に対し更に増上する意楽と歓喜愉悦を生じ、斯くして後続の観心の全ての加行を捨離し、加行無き無分別心に住するを得。この時、修行者の心は一見滅した如くにして実は未だ滅せず、何ものにも縁取らぬ如くにして実は無縁に非ず。修行者また或る時その心寂静にして、六塵の境界を遠離したる如く見ゆれど実は未だ遠離せず。修行者この時、未だ香美なる睡眠に覆われず、唯だ極めて分明なる高下無き奢摩他行あるのみ。

瑜伽を修習する行者は、現観を障碍する粗重なる我慢を断除し、涅槃に対し増上意楽を生起せしめた後、更に努力して加行を為す要なく、この時分別無きが如く、滅したるが如きを覚ゆ。実は未だ滅せず、心は何も思わぬが如くにして実は想あり、心は塵境を遠離したるが如く感じつつ実は未だ遠離せず。且つこの時睡眠蓋障は未だ消除せず、睡眠尚重くして清明を得ず、唯だ分明なる無相の心あり、法の高下を取らず、禅定に住して四念処四聖諦を観ぜず。

——生如法師の開示
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