衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年05月19日    水曜日     第2開示 合計3403開示

四念処観行問答22

<h2 style="text-indent: 2em;">問:道端に立って人を待っているとき、心を一念に専注させると、合掌している場合は10分から15分後に身体が空になったように感じ、呼吸は微細で長く続き、心が安らかになります。手を垂れて立っている場合は、身体が何らかの力に挟まれて動けなくなり、特に両腕が定められて動かせず、次第に感覚が分からなくなります。活動をした後は、心が念を失い、念を提起すると頭部に刺すような痛みを感じます。このような不安定な状態は問題なのでしょうか。座禅・禅定の功夫が足りないために、身体に異常が現れたのでしょうか。</h2>

答:これは初歩的な、しかもかなり良い禅定の状態です。禅定を初めて修出したばかりの頃は、身体が禅定の中で自在に動くことができず、硬く感じられて動転できません。無理に動かそうとすれば、心理的に苦しいか、身体のどこかが苦しくなるかのどちらかです。何度も禅定を経験すれば、禅定に慣れてきて、身体はずっと自在になり、動こうと思えば動けるようになり、束縛を受けなくなります。身心ともに自在に禅定に入出したいなら、絶えず禅定を修習し、熟練すれば良くなります。静止した禅定は修めやすく、保持しやすいのですが、動的な禅定は修めにくく、たとえ現れても保持しにくいものです。禅定が深くなって初めて、いくらかの動的な禅定を保持できるようになるのです。

——生如法師の開示
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