衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2018年05月15日    火曜日     第1開示 合計492開示

法塵のない外五塵は存在しない

山が高いことと水が深いこと、その高さと深さは形色・表色であり、山色の顕色があってこそ、山の高さという形色が引き立てられるのであり、山の高さという形色があってこそ、山体の色彩の範囲が画定されるのです。水色があってこそ水の深さという表色が引き立てられ、水の深さという表色があってこそ水量がある程度画定されるのです。顕色の五塵色と、形色・表色・無表色の法塵とは、互いに緊密に結びついており、須臾たりとも分離できません。さもなければ、どの色も存在し現れることができないからです。したがって、外塵には必ず法塵があると言え、六塵相が具足しているのであって、外の五塵だけがあって法塵がないということはあり得ず、法塵のない外五塵は存在せず、想像によって作り出されたものにすぎません。

法塵が後脳の勝義根において五塵に依拠して変現されるという説には、いかなる根拠もなく、まったく成立しません。外塵は必ず完全な六塵相であり、如来蔵が最初に変造する際、色彩などの顕色だけを単独に変造することはできず、形体も内実もない、ただ茫漠とした色彩の一片だけということはあり得ません。世界は色彩のみによって構成されているのではないからです。あらゆる物体にはそれぞれ形状と性状があり、それによってこそ豊かで多彩な物質世界となるのです。たとえば如来蔵が五陰身を変造するにあたって、色身の色彩だけを変造し、その後、高矮胖痩などの法塵を他人の勝義根の中で別途に変造するなどということは、断じてあり得ません。誰がどれほど空想してみても、这样的人類や衆生の相を空想し出すことはできないのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

一切法はすべて如来蔵 (tathāgatagarbha) と関係している

次へ 次へ

苦報を受ける縁由

ページトップへ戻る