衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

生如法师のウェブサイトロゴ

日常開示

2018年05月25日    金曜日     第4 回の開示 合計541回の開示

如来蔵による一切法の変現と執持

問:眼の勝義根は四大によって構成された実法であり、如来蔵が直接に縁ることができる。内色塵は鏡像のような仮法であるが、如来蔵もこれを縁とすることができるのか。もし如来蔵が内色塵を縁としないのであれば、どのようにして根塵相接する処で眼識を生じさせ、眼識の種子を根塵相接する処に送り込むのか。

答:法法ことごとく真如なり。一つの法も真如によって変現せられず、真如によって縁とされず、真如によって執持されざるものはない。その実質は全て真如である。故に、内色塵、内六塵もまた如来蔵によって生じられ変現せられ、その実質も如来蔵である。如来蔵もこれを縁とし、しかも直接に縁とし、独りで縁とする。外六塵は、全ての有縁衆生の如来蔵が共同して生じ、共同して縁とする。従って、単独の如来蔵が外六塵を縁とする場合と内六塵を縁とする場合、その方式には区別がある。

外六塵は、全ての如来蔵が四大種子を出力した後、四大を形成し、全ての如来蔵が共同してこの四大を用いて共同に変現し執持する。その生住異滅の変化は極めて緩やかである。例えば娑婆世界の生住異滅は一大劫を要し、他の仏国土では更に長い時劫を必要とする。衆生が用いる各種の色法の生住異滅の時間は数日から数百年まで様々である。

衆生の如来蔵が単独に執持する色法の生住異滅は相対的に周期が短い。その中で色身の生住異滅の時間は数分から数千年まで様々である。勝義根における内六塵は、六根が接触する境界が絶えず転換するため、如来蔵が勝義根に伝達する内六塵も絶えず転換を要し、その生滅の時間は相対的に更に短い。これは如来蔵が絶えず六塵境界を切り替え、内六塵の生住異滅を継続させていることを示す。ここから、如来蔵が単独に変現する法は、受ける制約と制限が比較的少ないため、出生と変異がより柔軟で、生滅と変化が迅速であることが分かる。

——生如法師の開示
前の記事前の記事

意根の思量性と智慧性

次の記事 次の記事

風動く? 幡動く? 心動く?

ページのトップへ戻る