衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年04月18日    日曜日     第4開示 合計3320開示

父子合集経講記(二一三)

真如に倣って平等性智を証得する

私たちは真如仏性の道理を理解した後、真如たる阿頼耶識 (Ālayavijñāna) に学ぶべきでもあります。神様が衆生を平等に扱う心行に学ぶのです。衆生の第七識が何をしようとも、神様はそれに協力し、私心なく奉納を与え、何かを求めれば何を奉納します。声を求めれば声となり、色塵を求めれば色塵となります。その心が善いものであれ悪いものであれ構わず、衆生の心に随って一切を布施 (dāna) し、平等に衆生に随順するのです。不平等な心は虚妄心であり、平等な心は仏心です。仏は衆生を観じてすべて仏とみなしますが、衆生が仏を観るには仏の三十二相を見るだけであり、もし仏が三十二相を現さなければ、衆生は仏を凡夫として扱ってしまいます。衆生は眼を開いていないため、外相しか見ることができず、実質を見ることができないからです。私たちは精進して仏法を修行し、一日も早く平等法性を証得し、真如仏性を証得して、早く平等性智を具えるべきです。

このような大乗法は声聞や辟支仏の境界ではなく、大乗菩薩の法要であり、菩薩が修証する如来蔵 (tathāgatagarbha) の法です。声聞と辟支仏は二乗法を修学することしかできず、世俗界の五陰十八界が虚妄であることを証得し、人無我を証得して、五蘊十八界への貪執を断除し、解脱を得ることはできますが、阿頼耶識 (Ālayavijñāna) と仏性を証得することはできず、平等法性を証得しないため、平等性智を具備することもできないのです。

——生如法師の開示
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