衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年06月25日    月曜日     第2開示 合計675開示

坐禅三昧経抜粋

原文:复次观身空界。常习此观。欲力精进力。一心力慧力。极为广大。便能举身。如大风力。致重达远。此亦如是。初当自试。离地一尺二尺。渐至一丈。还来本处。如鸟子学飞。小儿学行。思惟自审。知心力大。必能至远。学观四大。除却地大。但观三大。心念不散。便得自在。身无挂碍。如鸟飞行。当复学习。远作近想。是故近灭远出。

解釈:次にまた色身の空大を観察し、色身を空のものとして、常にこのように修習観察すると、欲力はいっそう広大になり、精進力、専注力、観察の慧力が極めて広大になります。このとき、身体を高く持ち上げることができ、身体は次第に座席を離れて虚空に昇っていきます。非常に強い風力の作用によって重い物体を遠くへ吹き飛ばすように、身体を持ち上げるのもまたこのようです。初めのうちは、自分で少しずつ試験すべきで、身体を地面から一尺、二尺離し、次第に一丈まで離れ、それからまた元の場所に戻ります。小鳥が飛ぶことを学ぶように、子供が歩くことを学ぶようにです。自分の心力を絶えず思惟し審査し考量して、ある時点で自分の心力がすでに非常に大きくなったこと、必ず遠くまで飛べることを知るのです。

さらに自身の四大である地水火風を修習観察し、心の中の地大を除いて、水火風大のみを観察し、心念を専一にして散らせないようにすると、その後、身体は自在を得て、いかなる掛碍もなくなります。鳥が飛ぶようです。このとき、さらに遠くを近いものとして想う観察を学習すべきで、空間の距離の想いを滅すると、身体は瞬間的に遠くへ到達でき、近くにいるのと同じようになります。

なぜ遠くを近いものとして想い、空間の距離の想いを滅すると、身体は瞬間的に遠くへ到達でき、近くにいるのと同じようになるのでしょうか? このように想うことで、意根は信じるようになり、意根が本当に信じれば、そのように認め、そのように認めれば、如来蔵は必ず意根に随順してこのような境界を変造します。神通とはこのようにしてであり、一切の法もこのようです。意根が何を信じるかによって、何が現れるのかが決まり、意根を変えれば一切を変えることができるのです。だからこそ、真の自信とは意根の信であり、意根が信じさえすれば、成し遂げられないことはなく、成仏もこのような原理なのです。ならば、意根が無我を証得し、無我を信じるならば、その無我の力はどれほど大きなものになるでしょうか? 我執と一切の煩悩を断除し、一切の我を滅除して、心は解脱を得て、寂静の涅槃に入るのです。

——生如法師の開示
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