衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年08月08日    水曜日     第3開示 合計780開示

如来蔵の一重鏡影と二重鏡影

各人が接触できるのは、内部の個人私有的な塵境であり、七識心の外にある共有の外部塵境と緊密に連関しています。外部の共有塵境が変化すれば、私有的な塵境も必ず同時に同じ変化が生じます。私有とは第二の幻化を表し、虚幻のまた虚幻です。外部の公有であれ内部の私有であれ、いずれも幻化して虚妄であり、真実性はなく、すべて如来蔵という鏡の映像にすぎません。ただ鏡影が一重の影と二重の影に分かれているだけであり、塵境の用には真用と仮用の区別があるだけです。

一重の影は比較的原始的で、より真実により鮮明により実用的に見えます。二重の影は、個人私有の鏡がさらに一重の影を照らし撮って、自分だけの鏡面に顕現させたものであり、第一重の影ほど鮮明でも真実でも実用的でもありません。しかしこれは衆生にとっては、すでに相当に貴重なものであり、みなこの二重の影を宝物として、貪愛してやまず、ひどく執著するのです。実質を見抜けない人はまさにこのような者です。もちろん、真に鏡像観を証得するのは初地の満心位においてであり、このとき初地に修する法が修了することになります。

——生如法師の開示
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