夢は修行の有無を検証する
修行を積んだ者の中には、夢を見ている際に、それが虚構であると悟る人々がおります。悪業を造りそうな業縁が現れた時、直ちに「これは行ってはならぬ」と心に知り、境界に流転せず、かくして意識心は覚醒し、意根も一定の覚りを得て、悪業を造らぬ自主性を保つことができます。このような者は命終の時もほぼ悪業を造らぬ自主性を保てましょう。夢の中で悪業を造作する者は、その者の心識の修行の力が未だ充分でないのです。よって夢は我々の修行の有無、修行の程度、意根が熏習を受けるか否か、生死に対する把握の有無を検証する尺度となるのであります。
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