(六)原文:眼触とは何か。三和合によって生じ、境界を摂取する清浄微妙なる義理を指す。他の触もまた各々の別境に従って相応の理を説くべし。これには二種あり、六処の種子に摂受される種子触と、それより生じる果触なり。欲界には六種具足し、色界には四種、無色界には一のみ。
釈:眼触とは、根・境・識の三つが和合して生じ、境界の清浄微妙なる義理を摂取する作用である。耳触・鼻触・舌触・身触・意触も同様に、三和合によって生じる境界相を摂取する清浄微妙な理である。これには二種あり、第一に六処の種子に摂受される種子触(六入中の前五入は種子位において未だ生起せず、触も生じず。意根が滅しないため意入処は滅せず、ただ名色に触れることがない状態)、第二に六入処より引き起こされる果触である。欲界には六種、色界には四種(鼻触と舌触なし)、無色界には意触のみ存在する。
原文:楽受とは何か。楽に順じる諸根と境界を縁として生じる適悦の受、受に摂されるものを指す。苦受とは何か。苦に順じる二者を縁として生じる非適悦の受、受に摂されるものを指す。不苦不楽受とは何か。不苦不楽に順じる二者を縁として生じる、非適悦非不適悦の受、受に摂されるものを指す。欲界に三種、色界に二種あり、第四禅以上乃至非想非非想処には第三の不苦不楽受のみ存在す。これ亦二種あり、触の種子に摂受される種子受と、それより生じる果受なり。
釈:楽受とは、喜楽に順じる六根と境界を縁として生じる快適で喜ばしい感受作用であり、受に属する法である。苦受とは、苦悩に順じる六根と境界を縁として生じる快適でない感受作用である。不苦不楽受とは、中性的な六根と境界を縁として生じる、快でも不快でもない感受作用である。欲界には三種の受が存在し、色界には楽受と不苦不楽受の二種(苦受なし)、第四禅以上から非想非非想処までは不苦不楽受のみとなる。不苦不楽受にも二種あり、触の種子に含まれる未発現の種子受と、触種子を縁として現れる果報受である。
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