ブッダは琉璃大王が軍隊を率いて釈迦族を滅ぼそうとしたとき、どのように対処したのでしょうか?
今回、私たち仏教徒はウイルスの災難に遭遇しました。自ら病を治し人を救い、ウイルスを殺すことはしませんでしたが、仏教特有の衆生を救済する方法、たとえば経を読み念仏し法を学ぶ功徳を回向 (pariṇāmanā) して、疫病の一日も早い終結を推し進めることによって、国家に応分の貢献をなし、ある程度衆生を救済することにもなりました。この程度がどれほどのものであるかは、具体的には言えませんが、この回向の働きは小さくないと言うしかありません。ならば、諸仏菩薩の功徳は計り知れないものであり、天災人禍に遭遇したとき、衆生の災難を解決するために、数え切れないほど多くの方便善巧を持ち、衆生と殺生によって悪縁を結ぶことなく、あらゆる災難を解消できるのではないでしょうか?
衆生の福德と智慧が不足しているときは、災難を解決するために殺生と敵対しか思い浮かばず、より良い解決方法を思いつきません。福德と智慧が十分であれば、一つの心念だけで災難を解消できるのです。それゆえ、衆生は災難に遭うと、自然と諸仏菩薩を思い起こします。諸仏菩薩は智慧が高く広大で、労することなくこれらの問題を解決できるからです。
ですから、一人ひとりがやはり精進して修行しなければなりません。修行こそがまさに硬い道理(揺るぎない真理)なのです。修行がなければ、永遠に悪業を造作することを避けられず、その後で悪報を受けることになるのです。
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