衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年08月03日    月曜日     第1開示 合計2508開示

業の背負いについて

問:家の老人が足を痛めており、毎日マッサージ治療をしてあげたところ、三か月余りで老人の足は良くなりました。しかし、自分の腕に老人の足と同じ症状が現れていることに気づきました。時には同僚の治療をして、同僚が良くなると、自分の体に似たような症状が現れます。これはなぜでしょうか?

答:他人の業障を、あなたが背負ってしまったのです。業障は理由もなく消えるものではなく、果報を受けなければ消えることはできません。本人が受けないなら、あなたが受けなければならないのです。学仏者がいつも人の業障を背負ってばかりいると、修行ができなくなり、最後には誰も成就できず、みな生死輪回の中に留まることになります。

医者が病を治すことにももちろんある程度の因果は背負いますが、それは職業であり、わざわざ人の業を消し業障を背負おうとするものではなく、医者はそうせざるを得ないのです。しかし、わざわざ人の業を消すと、当然ながら冤家は債権を回収できず、心に瞋恨と不満を抱きます。例えば、あなたの家族が借金をしていて、債権者が取り立てに来たのに、あなたが家族を守って隠してしまい、債権者が債権を回収できなかったら、どうなるでしょうか?

因果の法則では、業種が成熟して初めて果報を受けることができます。身体にいる冤親債主は、すぐに報復してきます。臨終に報復する者もいます。背負った業障が大きければ、身体に冤親債主がいなくても、因果は早くやってきます。ここには多くの場合が分かれており、複雑で、はっきりと言い尽くすことはできません。病人の中には、病気が業障によるものではなく、業種がなく、単に環境によるものや不注意によるものもあり、そのような人を治療しても報復を受けることはなく、業障がなく、悪報もなく、むしろ善報があります。

——生如法師の開示
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