私はすでに皆さんに、仏法の高峰に登るための天梯を組み上げておきました。この天梯は、一切の大智慧を得るための最も直接的で最も秘密の通路であり、日月に最も近く、ほとんど手を伸ばせば届くほどです。皆さんが体力と心力の許す限りにおいて、自ら登り、高いところから下を臨んで仏法の働きを観察すれば、大智慧を得ることができます。世俗法において私はこの秘密の通路を提供したのですから、私はどれほどの特許料と使用料を取ってこそ公平で合理的と言えるでしょうか。実のところ、私はどれほどの費用を取っても少なすぎると言わざるを得ません。世界上のすべての珠宝を私に与えても、なお元が取れないほどです。今やどれほどの費用を取ってもふさわしくないのですから、まして私自身あまりお金を使うのが得意でもなく、それほどのお金も必要としません。それならば私は、長い糸で大魚を釣るように、最大最大の利益を取ることにしましょう。
私はいま咒願を発します。私の一滴の法恩に浴した者はみな、未来の三大無量劫において私の歩みを踏み、私の道に倣い、私の行を行い、いかなる個人の利益も記さず、菩薩の万行を行じて、度すべき一切の衆生を度脱しなさい。三大阿僧祇劫の後もなお、辛苦を辞さず、代償を顧みず、度すべき一切の衆生を度脱し、半分たりとも嫌悪や違逆があってはなりません。
咒願はすでに発せられました。誰も逃れることはできません。逃げようと思ってもすでに遅く、たとえ以前に逃げ去った者であっても、私のこの咒願の威力からは逃れられません。一切の人々は、願おうと願うまいと、ことごとく私の咒力の中にあり、自覚するにせよ自覚せぬにせよ、咒願を履行することになります。どれほど遠い劫の後であろうとも、逃れることは許されません。あなたは一日、一年、一生一世を怠けることはできても、私の咒力の下で永遠に怠け続けることはできません。咒力がそれを許さないからです。成仏するまで、苦しみの衆生を度し尽くすまで。
文殊菩薩は成仏せず、菩薩の身をもって七尊の仏世尊を教え導き、さらには再び菩薩の身をもって無数の仏世尊をも教え導くことでしょう。しかし一旦文殊菩薩が成仏する時には、神様の在る仏国土は一切の諸仏国土を覆い、一切の諸仏国土はみな文殊菩薩の仏国土の中にあります。そして私はいま、刈り取ろうとは思わず、星のひとつほどの見返りも得ようとは思わず、未来の最大最大の見返りを求めるのです。私の恩を受けた者は、必ず無量劫また無量劫にわたって私の行に倣い、私の恩に報いなければなりません。あたかも私が無条件に仏の行に倣い、仏の恩に報いているのと同じように、怨言を挟んではなりません。たとえ怨言があったとしても、愚痴をこぼした後には、なお代償を顧みず、永遠に辛苦を続けなければなりません。成仏の前であろうと成仏の後であろうと、それは変わりません。
私の咒力は、魔の咒力の百倍千倍万倍にも勝ります。私の咒を受ければ、魔の咒を脱し、永遠に魔の妨げを受けません。私の咒力は魔の咒を摂伏し、魔力は仏力と変じて、ともに行人の旅路を加持し、勇敢に精進して退転することのないように!
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