衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年05月14日    木曜日     第2開示 合計2341開示

円明の照は生所を生じ、所の立つところ照性は亡ぶ

楞厳経の中に説かれています:圆明照生所,所立照性亡。円満明妙なる菩提の光明は、神様が生み出した法の処を照らします。もし人がこの法の処を実有と立て、真実不壊の法とし、我と我所とするならば、一葉が目を遮って妄を見て真を見ず、本体妙明真心自性の光輝を見ず、生死はここより流転してやみません。

チョークで黒板に字を書くと、それらの字は何でしょうか?すべてチョークの粉です。もし字だけを認識すれば、粉を認識せず、チョークの粉塵は埋もれてしまいます。チョークは自性清浄心、円満妙明真心に喩えられ、粉塵は自性光明に喩えられ、黒板上の字は世俗法に喩えられ、黒板は世俗界に喩えられます。

——生如法師の開示
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なぜ第八識は無我であり第七識は有我なのか?

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深処の思想感情は意根より由来する

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