衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年12月01日    日曜日     第2開示 合計2068開示

中阿含経第十漏尽経(三)

原文:云何有漏从护断耶。比丘。眼见色护眼根者。以正思惟不净观也。不护眼根者。不正思惟以净观也。若不护者。则生烦恼忧戚。护则不生烦恼忧戚。如是耳鼻舌身意知法。护意根者。以正思惟不净观也。不护意根者。不正思惟以净观也。若不护者。则生烦恼忧戚。护则不生烦恼忧戚。是谓有漏从护断也。

解釈:三界有漏が護によって断たれるとはどのようなことでしょうか。比丘たちよ、眼で色を見て眼根をよく護る者は、正しい思惟(さゆ)による不浄観を用いるのであり、これが護によって断つことです。眼根を護らない者は、正しくない思惟によって色身を清浄と見るのであり、これが護らないことです。もし護らないならば、煩悩と憂慼(うせき)が生じます。護れば煩悩と憂慼は生じません。このように耳・鼻・舌・身・意根を護る者は、正しい思惟による不浄観を用いるのであり、意根を護らない者は、正しくない思惟によって清浄観を用います。もし護らないならば、煩悩と憂慼が生じます。護れば煩悩と憂慼は生じません。これを三界有漏が護によって断たれるというのです。

原文:云何有漏从离断耶。比丘。见恶象则当远离。恶马恶牛。恶狗毒蛇。恶道沟坑。屏厕江河。深泉山岩。恶知识恶朋友恶异道。恶闾里恶居止。若诸梵行与其同处。人无疑者而使有疑。比丘者应当离。恶知识恶朋友恶异道。恶闾里恶居止。若诸梵行与其同处。人无疑者而使有疑。尽当远离。若不离者。则生烦恼忧戚。离则不生烦恼忧戚。是谓有漏从离断也。

解釈:三界有漏が離によって断たれるとはどのようなことでしょうか。比丘たちよ、もし悪象を見たときには遠く離れるべきです。悪馬、悪牛、悪犬、毒蛇、険悪な道、溝や穴、暗く蔽われた便所、川、深い泉、山岩、悪知識、悪しき友人、悪しき異道の者、悪しき街巷、悪しき住処――これらを遠く離れるべきです。なぜなら、清浄な修道者がこれらと同じ所にいると、人々は本来疑うべきところがないのに疑いが生じてしまうからであり、それゆえ遠く離れるべきなのです。もしこれらを厭い離れないならば、煩悩と憂慼が生じます。離れれば煩悩と憂慼は生じません。これが三界有漏が離によって断たれるという意味です。

原文:云何有漏从用断耶。比丘。若用衣服。非为利故。非以贡高故。非为严饰故。但为蚊 虻。风雨寒热故。以惭愧故也。若用饮食。非为利故。非以贡高故。非为肥悦故。但为令身久住。除烦恼忧戚故。以行梵行故。欲令故病断。新病不生故。久住安隐无病故也。若用居止房舍。床褥卧具。非为利故。非以贡高故。非为严饰故。但为疲惓得止息故。得静坐故也。若用汤药。非为利故。非以贡高故。非为肥悦故。但为除病恼故。摄御命根故。安隐无病故。若不用者。则生烦恼忧戚。用则不生烦恼忧戚。是谓有漏从用断也。

解釈:三界有漏が用によって断たれるとはどのようなことでしょうか。比丘たちよ、もし衣服を用いるならば、利益のためのためではなく、貢高我慢の心を懐くためではなく、自らを荘厳に飾るためではなく、ただ蚊や虻を防ぎ、風雨や寒暑を避けるためであり、慚愧(ざんげ)のゆえに着るのです。もし飲食を用いるならば、利益のためではなく、貢高我慢のためではなく、健康で快適にするためではなく、ただ色身が長く存続するようにするため、煩悩と憂慼を除くため、清浄行(ブラフマキャリヤー)を修行するため、古い病を断ち、新しい病を生じさせないため、長く安穏に住して病を生じさせないために飲食するのです。もし住居の家屋、床、寝具、臥具などを用いるならば、利益のためではなく、貢高我慢のためではなく、自らを荘厳に飾るためではなく、ただ疲れたときによく休息を得るため、静かに座って修行できるためです。もし湯薬を服用するならば、利益のためではなく、貢高我慢のためではなく、身体の健康と快楽のためではなく、ただ病の悩みを除くため、命根を摂受し守るため、色身が安穏で病苦のないためです。もしこれらの物を用いないならば、煩悩と憂慼が生じます。これらの物を用いれば、煩悩と憂慼は生じません。これが三界有漏が用によって断たれるという道理です。

——生如法師の開示
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『楞厳経』第五巻二十五聖円通法門の持地菩薩

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