衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年03月22日    金曜日     第4開示 合計1357開示

意識の解は意根の実証に代わることはできない

もし六道輪回の虚妄不実なる性質を真実に証得しておらず、五陰無我を真実に証得していないのであれば、ただ意識が理解し意識がそう考えているだけです。それはまるでダチョウのように、頭を砂に埋めてしまえば、背後の敵が見えなくなり、危険もなくなったと考えるのと同じです。自分自身がそう考えていることと、実証との間には、非常に非常に大きな隔たりがあります。まるで人に千万の借金をしているのに、それを忘れることを選び、この件を無視しているようなものです。しかし、債権者があなたを許してくれるでしょうか?一方的な願望にすぎないことは、決して当てになりません。ですから、意識が五陰無我だと考えているのは、千真万確であるかのように見えても、実際には内心里にはまだ我があり、ただ自分の智慧が足りず発見できないだけなのです。意識が理解し考えていることは、一方的な願望であり、自らを欺き人を欺すものであって、実証の代わりにはなり得ず、千真万確なものではありません。だからこそ、私は再び意識を重んじる人々に勧めます、早く目を覚ましなさい!道業は泰山よりも重く、名誉は鴻毛よりも軽いのです。

——生如法師の開示
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金剛経唯識深義(二十三)

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色身の活動はすべて意根の作意によって駆使されるものです

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