衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年07月03日    金曜日     第1開示 合計4761開示

宗因喩は真修実証の真実の現れである

宗とは宗旨の結論と理論であり、実践の成果を総括したものです。実践がなければ、結論を総括して導き出すことはできず、理論的な指針も得られません。このように、宗旨の理論は後にある因を総括・帰納・概括して導き出されたものであり、すなわち、先に後ろの因があって初めて前の結論や理論が生まれるのであり、後ろの因がなければ前の果もなく、宗旨もなく、理論は成り立たず、実践を指導することはできません。

事実が証明するように、諸仏や菩薩たちが説かれたすべての仏法は、ご自身が無量劫のうちに実際に真摯に修行した経験から体得し、総括し、抽出されたものであり、真の修行と実証、自らの実践によって得られたものです。実践が真の知恵を生み、実践がなければ真の知恵や真理はありません。三蔵十二部の経典はすべて、諸仏や菩薩たちが実際の修行と検証から抽出し、総括し、概括した真理です。諸仏や菩薩たちはこの真理をもって衆生の修行と検証を導き、衆生は修行と検証を経た後、さらに総括し、再び真理の正しさと合理性を検証します。

我々の団体の中で修行して初歩的な成就を得た者も同様です。自らの弛まぬ努力による修行と実践を通じて、身心の世界に大きな変化が生じ、仏法の修行と検証の奥深さと神秘を自ら体験しました。彼らが自らの体験を提示した時、修行と検証の結果が現れ、宗旨を建立する因が完成しました。身心の現象界からの抽出・概括・総括を経て、宗旨はその後成立し、修行の道筋と理論が明瞭に示され、一点の無理もなく、まったく自然に成し遂げられ、偽りは根本的にできず、確実で、一糸乱れず、仏法の伝説を再現しました。一方、世俗の私利のために大いに偽りを造る団体もあります。修行と検証の因がないのに、理由なく宗旨を立てるのです。因なき宗は、信頼性のかけらもなく、自他に益はなく、かえって宗を破り教えを滅ぼす利器となり、仏教に真の修行と検証、真実の伝承がなくなり、実践的な修行法が永く伝わらず、意図的にせよ無意識にせよ、仏法の種を断ち切ることになります。

真実の修行と検証には必ず因と宗があり、宗と因は互いに依り合い、果は自然に現れ、伝承は自然に続き、仏法の命脈は生生不息、永遠に断たれることはありません。ゆえに、偽りを打ち、誤りを正すことは一刻の猶予も許されず、仏教の正しい法の伝承を護ることは義不容辞であり、三宝の清涼なる池を清めることは喫緊の課題であり、真の菩薩たちはその責務を免れません。


——生如法師の開示
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