衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年04月10日    金曜日     第1開示 合計4676開示

初歩的な念仏三昧

如春:意根訓練篇を読み終えた後、私は専心して念仏を唱える方法を試みました。結跏趺坐し、数珠を回しながら念仏を唱え、目は回る数珠を見つめ、耳は自らの念仏の声を聴き、意識はここに留めて雑念を起こさず、非常に集中しました。およそ40分以上唱えた後、頭の中でブンブンという音が響く感覚がありました。

その後すぐに静坐し、坐って間もなく自らの念仏の声、心臓の鼓動、脈打つ音が交錯して響くのを聴きました。非常に明瞭で力強く、リズムがあり、脳の奥深くで響いているように感じられました。この音はあたかも独立した空間を形成し、他の情報を全て遮断し、30分以上も持続しました。その後、意識が干渉し始めたと感じると、この音は消え去りました。お伺いしますが、これは意根が念仏を唱えている状態なのでしょうか?この修行方法は正しいのでしょうか?その後この方法で続けようとしましたが、この状態を再現できず、原因がわかりません。

講評:純粋に念仏に専心するのであれば、六根を統御すべきです。いわゆる六根統御とは、意根が念仏し、他の五根は動かさない状態を指します。しかしあなたは手を動かし身根が動き、眼根も動き、耳根も動いています。五根が動けば、意根は必ずそれらを観照しようとし、注意力が分散されます。意根の集中を維持するには多大な精力が必要で、非常に困難なため、禅定の深さが足りず、後にその状態を再現できなかったのです。とはいえ禅定の状態自体は良好で、初歩的な念仏三昧が現れていました。ただ三昧の境地が深く持続的ではなかったため、五根を捨て去れば念仏三昧の境地はより深く確固たるものとなるでしょう。

如春:誤解しておりました。六識が一つのことに集中して意根を引き込むのだと思い込んでいました。改めて調整いたします。

——生如法師の開示
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