仏道を学び修行するのは、向かい風の中を車で走るようなもの、あるいは逆流する船を漕ぐようなものです。車や船が速ければ速いほど、抵抗は大きくなります。業縁は風や水のようなもので、それに順じれば生死の三悪道に流され、逆らえば解脱と涅槃に至ります。もちろん順じる方が楽で、力を入れずとも自然に流れ下りますが、逆らえば抵抗が次々と現れ、一歩進むのも困難です。しかし修行者は勇敢であるべきで、障り縁を恐れず、抵抗が大きければ大きいほど、障り縁が強ければ強いほど、勇猛に突破していかなければなりません。業力の支配に甘んじることは断じて許されないのです。
一気に業障の関門を突破するのが最も省力な方法です。抵抗に遭って退けば、目の前には常に障壁が立ちはだかり、解脱を覆い隠します。仏道修行に熱も冷めやらぬ人は、どんな障り縁も現れず、家庭円満で事業も順調、健康に恵まれ、お金はますます儲かり、世俗の事事がうまくいき、干渉も魔障もありません。なぜなら精進しないため、解脱の兆しが見られないので、わざわざ邪魔する必要がなく、ともかく三悪道の客であるからです。自ずと借金取りに困ることもなく、怨敵もあなたが掌中から逃れることを心配しません。精進しないため業種をかき乱すこともできず、業種が早期に熟して報いを受けることもないので、報いを受けた後は借財なく身軽になり、修行は順調に進みます。しかし業種が熟さず業縁が現れないまま、依然として如来蔵に眠り続けていれば、六道を生死の間をさまよい、解脱にとって永遠の障害となるのです。
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