衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2023年07月19日    水曜日     第1 回の開示 合計3979回の開示

色身の自己修復は第一能変識の機能作用である

色身には自己修復の機能が備わっており、身体が損傷すると自動的に修復されます。内臓器官が損なわれても自動的に修復され、疲労困憊しても休息すれば精力が回復します。手術で切開した傷口は自然に癒合し、失われた筋肉や皮膚などは自動的に補填されます。血液が失われても再生成が可能で、胃腸に飲食がなくとも身体は自動的にエネルギーを補充します。断食による色身の調整はこの神秘的なメカニズムを利用したものです。これらはどのような仕組みでしょうか。誰の機能作用によるものですか。この神秘的な生命の源はいつ出現したのでしょうか。

窺基大師の前世は数千年も禅定に入り釈迦仏の出世を待ちましたが、禅定中に機を逃がし、再び禅定に入って弥勒仏の出世を待とうとしました。四大の飲食で生命を維持する人体が、数千年あるいは数万年もの間、禅定中に飲食せずとも少しも不調を来たさず、さらに千万年も禅定に入って不死でいられるのは、窺基大師や他の長寿の禅定者たちがどのようなメカニズムに依って生命を維持しているのでしょうか。ある実験によると、痩せた人は肥満者より長寿で、少食の人は大食いの人より長生きするそうですが、これはどのような原理によるものですか。

現代医学と養生学では深夜の子時(23時~1時)に必ず睡眠を取るべきだと説き、徹夜すると内臓が休まらず身体が衰弱するとされます。しかし深夜に座禅入定しても問題ないとされます。仏陀が弟子たちに精進修行を勧め、初夜・中夜・後夜を通じて休まず修行させたにもかかわらず、比丘たちに身体的不調があったという記録はなく、むしろ精力が増し思考が鋭敏になったと伝えられます。現代医学は朝食を抜くと胆石になりやすいと言いますが、仏在世時の出家者は日中一食でも誰も胆石になった記録がありません。これらはどのようなメカニズムの作用なのでしょうか。

日光を浴びると身体は自動的に陽気とエネルギーを補充します。一心に観想すれば補充量が増え、身体の調子もさらに良くなります。無色界天の天人には身体がなく四大物質の滋養を必要としませんが、それ以外の身体を持つ衆生は全て四大物質の滋養を必要とします。境界が高い衆生ほど必要な四大物質は少なく、物質は微細で精巧です。境界の低い衆生は福徳が薄いため、非常に粗悪な四大物質を受用せざるを得ません。

人類は欲界の中層に位置し、欲界の高級生命体とは言えません。受用する四大物質は全て粗悪ながら、自分たちの受用するものが高等物質だと思い込み、高級な飲食を摂っていると考えています。実際には極めて粗雑です。色界天の天人こそ最高級で最も精妙な四大物質を受用し、次いで欲界天の天人、さらに神仙が続きます。全ての人類は天人に及ばず、飲食は粗雑なだけでなく非常に不浄で色香味も劣ります。業縁がそうさせるため、何ら不都合を感じず、むしろ貪愛する様は、犬が糞を好み虫が便所を好むようなものです。

全ての色身の修復メカニズムが受用する四大物質は、如来蔵の機能作用によるものです。如来蔵が衆生の業種と福徳に基づいて造り出したものです。衆生が欲界人間と縁を持ち、人や畜生の業種・業縁があるため、五陰身が欲界で正常に生存するには、色身が相応の四大物質の養分を具足しなければなりません。色身の四大物質に欠損があれば正常な五陰身の運行に影響し、如来蔵は業種と業縁に従い自動的に欠けた四大物質を補充します。業障が補充を許さない場合、五陰身は不完全な色身のまま不完全に運行を続け、これが衆生の悪業因縁を顕現させます。善業を具足した衆生は色身に何が欠けても如来蔵が自動的に補充し、補充できない場合は色身の欠損という悪業の果報が現れます。


——生如法師の開示
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