衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常開示

2023年03月16日    木曜日     第1 回の開示 合計3897回の開示

いかにして如来蔵に転依するか

転依如来蔵とは、五陰身の一切の身口意行と心性を如来蔵に帰依させ、如来蔵に相似せしめることであり、五陰身の染汚性・煩悩性・無明性を如来蔵の清浄無我性に転換することである。如来蔵は如何にして清浄であるか。例えば如来蔵には貪りという煩悩がなく、財・色・名誉・飲食・睡眠に執着せず、金銭を見ても目を奪われず、手段を講じて金を稼ぎ・騙し・搾取しようとはせぬ。五陰身の七識心もまた然るべし。色相を見ても心を動かさず、男女の色相を問わず、美醜の別なく無関心である。花叢を風が過ぎるが如く、一片の葉も身に纏わぬが如く、五陰身もまた然るべし。

名声を貪らず、評判を求めず、目立つことを好まず、衒いもせず、おべっかと恭敬を喜ばず、無名のままである。五陰身もまた然るべし。如来蔵は日常生活において飲食排泄・行住坐臥の一切の資生用具に対し、奢侈せず貪愛せず、無心に受用する。五陰身は止足を知り、贅沢せず浪費せず、見栄を張らず格式ばらぬべし。如来蔵は永劫に眠らず、享楽を喜ばぬ。五陰身は睡眠の快適を貪らず、閑静自在を求めず、睡眠蓋を棄て去るべし。これらを成し得ねば、如来蔵に依止せず、転依を願うとも成就せざるなり。

——生如法師の開示
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