衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2018年03月03日    土曜日     第1 回の開示 合計133回の開示

眼識と意識の和合作用(二)

ある色体を見るとき、最初の一瞬で視線を留める必要がある。その一瞬の間に、どれほどの刹那が過ぎ去ったことか。一秒半秒の了別を経て、初めてこれが何の色体であるかを知ることができる。仏は説かれた:指を弾く間に八万一千の種子が生滅し、八万一千の刹那があると。では識種子の流注がいかに速い速度か、我々が生滅の現象を感じられないのも無理はない。生滅があまりに迅速なため、我々には生滅の現象を感知できないのだ。

これは第一刹那第二刹那において我々が色塵を認識できないことを示している。第三刹那第四刹那以降になって初めてわずかに色塵を知り、ある者は第五刹那あるいは更に長い時を経てようやく微かに認識する。視力に障害のある者ならば一分半分かかるかもしれず、具体的な時間は定かではない。これは人の識別能力、すなわち眼識と意識という二つの識の弁別力による。識別能力が弱い者ほど認識に時間を要する。例えば近視や老眼など視力に障害のある者は色塵を認識するのに更に時間がかかり、智慧が劣り見識の浅い者は弁別に更に長い時を要する。

しかしこの色を見る過程において、第八識は一瞬たりともその運作を止めたことはない。第一刹那に内色塵が生起する以前から、外色塵の微粒子を伝導し続け、視神経を通じて勝義根に伝達し、顕色を変現する。顕色を変現した後、さらに顕色に基づいて形色・表色・無表色を変現し、同時に絶え間なく外色塵から四大の微粒子を摂取し続け、引き続き顕色・形色・表色・無表色を変現し続ける。もし第八識がどの刹那に停止し、四大の微粒子を勝義根に伝導せず、これらの内色塵を変現しなくなれば、眼識は直ちに消失して色塵を見ることができなくなり、意識も即時に消滅して色塵を了別できなくなる。換言すれば、眼識と意識の出生もなく、当然この二つの識は色塵を分別することができない。

故に第八識は刹那ごとに運作を止めることなく、常にこれらの色塵を伝導し変現している。これらの色塵が後頭部の勝義根に伝達されると、内色塵が顕現する。第八識は一瞬も休むことなく変現を続け、仮に一刹那でも変現を止めれば色塵の顕現は停止し、眼識と意識は全て滅して分別できなくなる。色塵が存在しなければ識も存在せず、識の生起は根と塵の接触を縁とし、この縁に基づいて第八識が眼識と意識を変現するからこそ、我々は内色塵を見ることができるのである。

色塵がなくなれば識の出生に重要な縁が欠け、第八識は六識を出生させることができず、当然六識の存在もなくなる。色塵が消滅する時、元来色塵を了別していた眼識意識は即時に滅し、識が滅すれば色塵を了別できず、分別の対象も失われる。よって第八識は無始劫以来の各刹那に一瞬も閑暇なく、休むことなく停止することなく、このように労を厭わず永劫に運作を続け、我々に無私に奉仕しているのである。

——生如法師の開示
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