四聖諦の法、すなわち苦集滅道も、内法塵と外法塵に分けられ、道諦における八正道の修行も、内法と外法に分けられます。八正道を修めば、小乗の三十七道品を修めば、はじめて断我見(ahaṃkāra-mamakāra-parityāga)の条件が満たされ、その後にこそ証果が可能となります。もし心行が八正道に合致しなければ、その心行は聖賢たるに足らず、証果することはできません。八正道の中には正定があり、それは意識の外定法と意根の内定法とに分けられます。それゆえ、意根は必ず定(じょう)と相応するものであり、意根の定が完成してはじめて正しい智慧が生起し、断我見によって初果須陀洹を証することができるのです。さもなければ、すべては偽の果、プラスチックの果にすぎず、見ることはできても、用いることはできません。
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