仏が説かれたすべての法は解脱に向かっており、法法ことごとく涅槃に趣向し、法法ことごとく涅槃を離れず、涅槃の外にある法は一つもありません。法身仏 (dharma-kāya-buddha) はすなわち般若 (prajñā) であり、般若 (prajñā) はすなわち解脱であり、解脱はすなわち涅槃です。いずれも真如の外を離れず、一切の法は真如に依って説かれ、すべて解脱の法です。真如に繋縛がなければ、一切の法にも繋縛はなく、真如が解脱すれば、一切の法もすなわち解脱です。一つ真であればすべて真、一つ解脱すればすべて解脱なのです。
色法は真如を繋縛せず、声・香・味・触・法もいずれも真如を繋縛しません。真如はすなわち解脱なのです。色・声・香・味・触・法は真如に依って存在し、色法は空であり、当下に解脱し、声・香・味・触・法は空であり、当下に解脱します。眼根は空であり、当下に解脱し、耳・鼻・舌・身・意根は空であり、当下に解脱します。眼識は空であり、当下に解脱し、耳・鼻・舌・身・意識は空であり、当下に解脱します。世間・出世間の法において、解脱しない法は一つもありません。解脱の大道は、まさに目の前にあります。仁者よ、自ら識り取って、自ら解脱を得、自ら涅槃を証せよ!
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