四大禅病:止、作、任、滅。止:如来蔵 (tathāgatagarbha) という禅は、妄念を止めたからあるものであり、止めなければないというものではない。如来蔵は本来そもそも存在しており、心が止まろうと止まるまいと関係ない。作:如来蔵という禅は、修行によって修めて得られるものではなく、本来備わっているものである。意識心をどれだけ翻弄しようとも、如来蔵は天然に存在している。任:如来蔵は、意識を気の向くままに任せ、縁に随って自在として、福德や禅定、六度を修めずして、見つけ出せるもの、探し当てられるものではない。如来蔵は修めて出てくるものではないが、修めなければ証得することもできない。滅:如来蔵は本来そもそも存在し、常に顕現し、常に働き続けている。意識心を止滅し、滅ぼしてこそ、如来蔵が顕現し現れるというものではない。
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