衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2021年01月14日    木曜日     第1 回の開示 合計2998回の開示

瑜伽師地論 第十巻(十二因縁)

(三)原文:蘊得とは何か。それ即ちかの諸生位において、五取蘊が転ずることなり。界得とは何か。それ即ちかの諸蘊の因縁に摂せられたる性質なり。処得とは何か。それ即ちかの諸蘊の余縁に摂せられたる性質なり。諸蘊の生起とは何か。それ即ちかの諸蘊が日々飲食によって資養され、命根を長ずることなり。出現とは何か。それ即ちかの諸蘊の余寿力によって、相続して住することを得ることなり。この生支の略義とは、生の自性、生の処位、所生、因縁に摂せられたるもの、任持によって引き出されたるもの、倶生の依持、これを略義と名づく。 

釈:蘊得とは、一切の生位において色受想行識の五取蘊が転ずることをいう。界得とは、五取蘊が因縁によって摂受される属性を指す。例えば根には根の属性、塵には塵の属性、識には識の属性がある。処得とは、五取蘊が他の因縁によって摂受される属性、すなわち内六入処・外六入処、根塵の触れ合う処をいう。五取蘊の生起とは、日々飲食によって命根を維持し、生命を養い続けること。出現とは、生を受けた生命体が五取蘊の残された寿命力によって相続して世に住することをいう。十二因縁における生支の大略は、生の自性・生の段位・所生されるもの・因縁に摂持されるもの・任運に執持される法・倶生の依持する法を指す。

原文:衰とは何か。依止するものが劣るが故に、掉動を生ずることなり。老とは何か。髪色の衰変をいう。摂とは何か。皮膚が緩み皺となることなり。熟とは何か。火力が衰え、欲塵を受用する勢力を失うことなり。気力損壊とは何か。病が多いが故に、事業をなす勢力を失うことなり。黒黡が身に間するとは何か。黯黒が現れて容色を損なうことなり。身の脊曲がり喘ぎ急しむとは何か。歩行の威儀、身形に現れ、極めて重き喘嗽を発することなり。形貌が前に偻むとは何か。坐する威儀の位において、身首が低く曲がることをいう。杖策に憑り据わるとは何か。住する威儀の位において、杖の力に依って住することをいう。 

釈:衰とは、依止する法が劣弱なため自らが掉動することを指す。老とは、髪膚の容姿が衰変することをいう。摂とは、皮膚が次第に皺を生ずることを指す。熟とは、色身の火力が衰え、五欲六塵を受用する精力を失うこと。気力損壊とは、病苦多く力なく事業をなせぬ状態をいう。黒黡間身とは、身体に暗黒が現れ容色を損なう現象。身の脊曲がり喘ぎ急しむとは、身形の威儀を失い重い喘嗽を発する状態。形貌前偻とは、坐相は威儀あるも身首が低く曲がる様。杖策に依るとは、立ち居振る舞いにおいて杖の力に頼ることを指す。

——生如法師の開示
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