衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法师のウェブサイトロゴ

日常開示

2021年01月11日    月曜日     第1 回の開示 合計2988回の開示

瑜伽師地論 巻第九(十二因縁)

(六)原文:眼触とは何か。三和によって生じ、境界の浄妙なる義を取ることをいう。その他の触もまたそれぞれの別境に随って相応して知られるべきである。これには二種あり、六処の種子に摂受された種子触と、それより生じる果触とである。欲界には六種が具わり、色界には四種、無色界には一種ある。

釈:眼触とは、根・塵・識の三つの和合によって生じ、境界を摂取する清浄微妙なる義理である。耳触・鼻触・舌触・身触・意触もまた同様に、三和によって生じる境界相を摂取する清浄微妙なる義理を含む。これには二種あり、第一は六処の種子に摂受された種子触(六入中の前五入は種子位において未だ生起せず、触も生じない。意根が滅せざるが故に意入処は滅せず、ただ名色において触する所なきのみ)、第二は六入処によって引き起こされる果触である。欲界には六種、色界には四種(鼻触と舌触なし)、無色界には意触のみ存在する。

原文:楽受とは何か。楽に順じる諸根と境界を縁として生じる適悦の受、受に摂せられるものをいう。苦受とは何か。苦に順じる二つを縁として生じる非適悦の受、受に摂せられるものをいう。不苦不楽受とは何か。不苦不楽に順じる二つを縁として生じる、非適悦非不適悦の受、受に摂せられるものをいう。欲界には三種、色界には二種あり、第四静慮以上の乃至非想非非想処には第三の不苦不楽受のみ存在する。これもまた二種あり、触の種子に摂受された種子受と、それより生じる果受とである。

釈:楽受とは、喜楽に随順する六根と境界を縁として生じる快適喜悦の受(受蘊に摂せられる法)である。苦受とは、苦に随順する逆縁の六根と境界を縁として生じる非快適非喜悦の受である。不苦不楽受とは、不苦不楽に随順する六根と境界を縁として生じる、快適でも不快でもない受である。欲界には三種の受が存在し、色界には楽受と不苦不楽受のみ(苦受なし)、第四禅以上から非想非非想処までは不苦不楽受のみとなる。不苦不楽受にも二種あり、第一は触の種子に摂受された未発の種子受、第二は触種子を縁として生じる果報受である。

——生如法師の開示
前の記事前の記事

父子合集経講話(第八十八)

次の記事 次の記事

夢から無理やり覚まされた後、なぜ頭痛がするのでしょうか

ページのトップへ戻る