衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2020年10月13日    火曜日     第3 回の開示 合計2698回の開示

雑阿含経(二八九)その一

(一)原文:如是我聞。一時。仏は王舎城迦蘭陀竹園に住したまえり。その時、世尊は諸比丘に告げられた。無知で教えを聞かない凡夫は四大から成る身に厭離の心を起こし、欲望を離れ捨て去ることができるが、識についてはそうではない。なぜか。四大の身には増減があり、取捨があるのを見るからである。しかし心意識に対しては、無知で教えを聞かない凡夫は厭離の心を起こせず、欲望を離れ解脱することができない。なぜか。彼らは長い生死の夜の中でこれを我がものとして執着し、「我がある」「我が所有である」「我はこれに在る」と語るからである。故に無知で教えを聞かない凡夫はそれに対して厭離の心を起こし、欲望を離れ捨て去ることができない。

釈:仏は比丘たちにこう説かれた。真理を知らない凡夫は四大から成る色身に対しては厭離心を起こし、色身への欲望を離れ捨て去ることができるが、識心に対してはそうではなく、欲望を離れ捨てることができない。なぜか。凡夫は四大の色身に増減変化がある無常なものと見るからで、執着したり捨てたりできる。

しかし自己の心意識と意根に対しては、真理を知らない凡夫は厭離心を起こせず、欲望を離れ解脱できない。なぜか。長い生死の輪廻の中で、自己の心識を特に愛着し、識心を我と見做して縛られ、獲得し執取し「これが我である」「我の所有である」「識に我がある」「我に識がある」と考えるからである。故に真理を知らない凡夫は識心に厭離心を起こせず、捨て去ることができない。

仏が「無知で教えを聞かない凡夫」という言葉を用いたのは、人を罵るのではなく事実を述べている。凡夫とは真理を知らず無明に覆われた者である。正法を聞けば無明が破れ智慧が生じる。

色身は衆生が看破しやすい。生滅変化が顕著だからである。色身は地・水・火・風の四大種子が和合して生じる。地大は堅固性を持ち、筋肉・骨・髪・爪・皮膚などに現れる。水大は湿潤性を持ち、血液・汗・尿などに現れる。火大は温熱性を持ち、生体の温度として現れる。風大は流動性を持ち、呼吸・血液循環などに現れる。

全ての色法は四大が特定の比率で和合して成る。成分比率によって物質の性質が決まり、身体各部も異なる。宇宙の全ての物質は四大から成り、和合比率によって差異が生じる。六塵も全て四大から成る色法であるが、表現形式が異なり識別する識心も異なる。四大種子は如来蔵に存在し、如来蔵が四大種子を送出して色身を形成する。故に色身は如来蔵から生じる。

身体の増減変化(肥満・痩身・臓器の摘出等)は、この身体が仮の存在であることを示す。色身の生滅変化を看破すれば厭離心が生じ、欲望を離れ捨て去ることができる。もはやこの仮の皮袋を真実の我と見做さなくなる。

——生如法師の開示
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