衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

生如法师のウェブサイトロゴ

日常開示

2020年10月03日    土曜日     第3 回の開示 合計2672回の開示

十二因縁による生死の連鎖

無明(意根の無明)──行(意根の択ぶ思心所法)──識(六識)──名色(五陰)──六入(六根)──触(六根が六塵に触れる)──受(六識の受、意根にも受あり)──愛(六識の愛、意根にも愛あり)──取(六識の取、主に意根の取)──有(三界世間)──生──老病死苦。

意根は無明によって心を動かし念を起こし、択ぶところありて業行を造作せんと欲する。ここに六識が生じて身口意の業行を造作し、三界世間に業種を留む。業種あるが故に必ず後世あり、中陰身の意根は業に随って胎に入り、最初の名色を得る。後に六入漸く具足し、触が現れる。触に随って識の受覚が現出し、受あるが故に貪愛止まず、ここに受と塵境を執取し、業種を存し、後世の有は必ず継続して出生存在す。後世の生が現出すれば、老病死は必然なり。

名色は最初は意根と受精卵にあり、最後は五陰身となる。入胎時は意根と阿頼耶識が胎に入り、受精卵と合して名色となる。完全なる名色は六識・六根・六塵を合わせた十八界なり。されば名色は何れの識に縁って出生するか。いずれの識を藉りて出生するか。前世の六識を藉り必要あり。六識の造作は未来世の五陰身の業種を留むる能あり、種子あればこそ五陰身を得る。名色が具足する時、初めて内外六入の触あり、後に今世の六識が出生す。六入具足して初めて六識あり。六入具足する時五陰身具足し、六識は身口意行を造作し得。然る後に業種を留め、未来世の五陰身を潤し、衆生はかくの如く生生不息なり。

生死輪廻の苦より解脱せんと欲すれば、六識は再び造作して業種を留むることなかれ。六識の造作せざるは完全に意根の思心所に由る。意根が業行を造作せんと欲せざれば、六識は身口意行の種子を留めず。意根の思心所に行無からしめんと欲すれば、意根の無明を破らざるべからず。意根の無明を破らんと欲すれば、四聖諦の法を修習し、十二因縁を修し、定観行を修め、五陰世間が空無我なることを証得して後、漸く解脱を得ん。

——生如法師の開示
前の記事前の記事

インスピレーションはどのように生まれるのか

次の記事 次の記事

雑阿含経(二八八)その一

ページのトップへ戻る