衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年09月02日    水曜日     第2開示 合計2585開示

八つの識が色身に及ぼす影響と操控

色身には身識がない場合でも、身体は微弱な活動を行うことができます。例えば、ある衆生は頭を切り落とされても、身体がまだもがき動くことがあります。これは、意根が身体を執持する際、大脳の中枢神経系を制御することはできなくても、脊髄神経系がまだ存在しているため、意根が脊髄神経系をコントロールすることによって身体をもがかせることができるからで、この時は必ずしも身識と意識が参与しているとは限りません。また例えば、眠った後、さらには深い睡眠の時でも、身体に微弱な活動が見られる現象がありますが、これも神経系の活動に属します。深夜の寝言やまぶたの瞬きも、無意識の活動であり、意識も身識も現起していません。

身体の内部活動、例えば、心臓の鼓動、脈拍、呼吸、神経系の活動、胃腸の蠕動、消化吸収、細胞の新陳代謝などは、一般的にすべて如来蔵が自主的に制御し執持しているものであり、七識にはしばしば力が及びません。内部臓器の活動には身識を必要とせず、眠っていても活動しており、さもなければ人は死んでしまいます。身体の活動の多くは、身識や意識が主宰できるものではなく、意根が主宰できるものでもありません。人の生老病死はいずれも意根には制御できず、意識はなおさら制御できず、すべて如来蔵が業種に依って行うものです。身体内のいかなる機能・作用を観察しても、もし私たちの指揮と制御に従わないのであれば、それは如来蔵が単独で執持しているものです。血圧も体温も同様で、私たちがどうしたいと思ってもそのようにはなりません。禅定と神通のある場合は別であり、念の力が強い場合も別です。

しかし、七識の情緒や心理活動は色身の内臓の運行に影響を与え、変化させることができ、意根は如来蔵の色身に対する執持作用に影響を与え、変化させることができます。六識の活動は意根が主導するものであり、これも如来蔵に影響を与えることができます。七識による色身内臓への影響と制御は、如来蔵のあの執持方式、制御方式とは大きな違いがあります。どのような違いでしょうか。如来蔵は六識・七識の言うことも聞き、五識の言うことも聞きます。だからこそ私たちの修行に意味があるのであり、さもなければすべて固定不変で、修行には何の用もないことになります。しばしば座って静坐を続ければ、色身の中のすべてを変えることができます。修行は主に六識・七識の上で工夫を積むことであり、六識・七識が修めば、天変地異とも言うべき変化が起こり、ついには成仏に至ります。

——生如法師の開示
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