衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年08月13日    木曜日     第3開示 合計2537開示

第八識には作主性がない

成仏する前は、八つの識の中で第八識の心だけが無為の心であり、無為法であって、心がいかなる法相も造作せず、心がいかなる業行も造作しない。因縁が具足しなければ、一つの法も生じない。第八識は常に縁に随って不変であり、不変にして縁に随う。神様の無為という一つの特徴は縁に随うことであり、縁がなければ無理にそれをしようとはしない。第八識にはまた我性がなく、自ら主となって決めることもない。第八識はまた心空無為であり、無相無願であるから、無作なのである。それゆえ、第八識は作主識ではないと言う。我があってこそ主となろうとするのであり、さらには我を主とするのである。第八識は無我であり、神様には何らかの法を主導しようとする意志がないのである。

——生如法師の開示
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意識はいかにして問題を意根に任せて思量(manasikāra/manana)させるのか

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思心所があることは作主性があることを代表するものではない

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