無生忍とは、五陰の身が如来蔵(tathāgatagarbha)によって生じ、執持されていることを忍うことであり、五陰の身が空幻で無我であることを忍うこと、如来蔵が不生不滅であって万法を生じ、五陰の身の中に住し、生生世世に自らの五陰を変生することを忍うことである。その証量の程度にしたがえば、三賢位の中に限られ、まだ聖位には入っていない。
無生法忍とは、無生忍の基礎の上に、諸法もまたみな無生であると証入し、諸法の唯識性を証し、我執を降伏し(未断)、はじめて聖位に入って安住して退かないことである。
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