衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2019年09月17日    火曜日     第4開示 合計1922開示

解悟と証悟を区別することの重要性

実修する人に対しては、わざわざ意根を講じなくても、彼らは自ら証することができます。実修しない人に対しては、解悟と証悟の違いを必ず伝え、皆が解に満足することなく、必ず実証するようにしなければなりません。これは末法時期の浮薄な衆生に対する特別な配慮です。衆生の心は極めて浮薄で、苦労して努力することを肯んじず、戒を持つことを肯んじず、定を修めることを肯んじません。たとえ戒を持ちたい、定を修めたいと思っても、環境の要因により、どうしても実行できず、そのため観行 (vipaśyanā-caryā) もできず、実証もできません。ただ日々本を読み、意識で理解するだけで、ある程度解したところで、外に対しては自分は証悟したと言うのです。したがって、この特殊な時期に特殊な法を講じる必要があるのです。特殊な衆生には特殊な講じ方をすることこそが、衆生の根器 (indriya) に応えることであり、衆生の実際的かつ根本的な問題を解決することになるのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

定中は必ずしも一法のみを縁とするとは限らない

次へ 次へ

識心の四分と五遍行心所法の関係

ページトップへ戻る