衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2023年04月18日    火曜日     第2開示 合計3922開示

七つの識はすべて勝解心所法を有する

勝解 (adhimokṣa) とは、識心が接触した法に対して、如実に了解し理解できることであり、最も合理的な理解、最も的確な理解であり、誤解や邪解をすることなく、思い違いも起こさない。もし誤解して勝解できなければ、正しく誤りのない抉択を行うことができず、その行為造作は必ず誤りとなり、必ず深刻な結果をもたらす。もし私が法を説くとき、あなたたちが終始勝解できなければ、私は白々しく説いたことになり、あなたたちは白々しく学んだことになり、結果は得られず、ひょっとすると誤解が生じるかもしれない。もし他人があなたと話をしているとき、あなたが勝解できなければ、他人の意思を歪めてしまい、合理的で正常な応答をすることができず、二人は正常にコミュニケーションを取ることができず、交流しても無駄になる。このように人と人との間で意思疎通とかかわり合いができず、同じ空間の中で生活することができなくなる。

七つの識の中で、どの識に勝解がなければ、その識は対応する法を正しく解読することができず、正しく適切な抉択を行うことができず、その結果は盲人のようで、歩くこともできず、識心は正常に機能することができない。五識にも勝解があるが、五識は仏法を理解できるのか。畜生の識心にも勝解があるが、畜生はみな仏を学ぶのか。畜生の勝解力がすべて人間より低いのであれば、牠らはどうやって正確かつ迅速に獲物を捕らえるのか。どうやって生き延びていくのか。実のところ、あなたの家の毛毛犬に一つの眼差し、一つの表情を送れば、毛毛は一瞬でそれを理解し、二言目も言わずに命令を実行する。人間はなおさらである。一切衆生の身口意行はすべて意根によって抉択されたものであり、正しい抉択ができ、五陰身を正常に機能させることができるのであるから、意根には必ず勝解という心所法があるはずである。六識に勝解があるだけでなく、意根は五識よりもさらに勝解力があり、五識よりもはるかに伶俐である。

——生如法師の開示
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勝解心所法と慧心所法の関係

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大乗見道の観察智慧

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