真に色陰区宇を突破できるのは、色身の影響と障害を受けなくなる時である。単独で禅定(じょう)を修めることによってのみ色陰区宇を突破でき、禅定は四禅まで修めて初めて障礙がなくなる。虚雲老和尚のように。理論は禅定の配合を必要とし、禅定がなければ口先だけで空しく遊んでいるだけで、思想だけがあって行動力がない。我々が修学するそれらの理論は、禅定の中で実際に観行 (vipaśyanā-caryā) と参究を行ってこそ、初めて実証できる。その後に初めて行動力がいくらか生まれる。実証がなければ、意根は何も変えることができず、依然として元のままである。たとえ心の中で世間がどれほど夢のようで幻のようだと考えていても、実証がなければ、言うこととやることが別々で、少しも何も変えることはできない。変化は意根によって改められ、行うことも意根が決めて行うのであり、意根が実証して初めて実現できるのである。
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