人はほとんど皆、世間法を追求し、自分が世間において最も殊勝で最も美しく、最も有能で、最も富貴で、最も智慧的で、最も徳行があり、最も教養があり、最も人から尊敬されること、すべてにおいて最も円満であることを望んでいます。家族や親族を含めて、それではどうすればこの目標に達することができ、しかも最も速く達することができるのでしょうか?
それは修行に来ること、一心不乱に真剣に修行すること、できる限り自我を捨てて修行することです。修行だけが、自分の願いを速くかつ円満に満たすことができる唯一の途であり、他の途はありません。他の途では貪瞋痴を取り除くことができず、人の徳行・教養も世間法も円満に得ることはできません。ご覧ください、佛陀は三界の至尊であり、世間法を含む一切の法を円満に具足しておられます。世間法においては、何であれすべてが最も優れ、すべてが頂点であり、彼を超える者はいません。菩薩は仏と比べれば最も優れているわけではありませんが、すべての世間の人々と比べれば、すべてにおいて最も優れており、世間の人を超えています。世間の人が望み慕うものは、菩薩はすべて具備し具足しています。あとは菩薩が示現するかしないか、使うか使わないかの問題だけです。
修行をしっかりと修めてこそ、人の福德・智慧・才能・財富・親族などはすべて具足して円満で美しいものとなります。審美眼、言語や文章の弁才、弁才無碍を含め、さまざまな教養もみな向上します。私たちは必ず心をできる限り修道の上に用い、これ以上世俗法に心を用いるのはやめましょう。それは損のほうが大きいのです。修行の功夫が上がれば、心は非常に細やかになり、感覚は鋭敏で聡明になり、何をするにも霊感が湧き、人に霊気が宿ります。修道こそ、殊勝な世間法を得るための最大最速の近道なのです。
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