衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年05月02日    日曜日     第4開示 合計3368開示

父子合集経講記(二三〇)

福報はどのようにして使い果たされてしまうのか?

福を修めるというのはもともと容易なことではありません。福報がすべて自分自身のために使われるなら、どんどん減っていきます。さらに他人の財物を占有したり、他人の財物を盗んだりすれば、その福徳は千倍あるいは無量倍の代償をもって償わなければならず、福徳はこれほど多くの倍数も消費されることになります。考えてみると本当に割に合いません。天界に生まれて一度天主になれば、多生多世にわたって積み重ねた福がほとんどゼロになってしまうかもしれません。人間界に生まれて宰相や官職の大臣になれば、福徳もほとんど使い果たしてしまいます。福を享受しているときは福が非常に速く消えていき、一度の頭を垂れての礼拝を受けるだけで、貯金はまたずいぶん減ります。人に仕えさせて洗濯や炊事をさせれば、福報は減ってしまいます。あるいは人から「バンザイ」と一声叫ばれるだけで、積み重ねたわずかな福はなくなってしまいます。福報はみなこのように一歩一歩、少しずつ消費されてなくなるのです。仏法を学び修行する人は、福を集め福を修める道理を必ず理解し、道業と成仏のことをより多く考えるようにしなければなりません。

——生如法師の開示
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