参究時、意識は参究すべき内容を徹底的に理解し、疑情を生じさせ、一点に凝聚し、意根に渡す。これにより意根も疑情を生じさせ、昼夜歩行坐卧中思索し、疑情を解け決めなければ休止しない。
なぜ一点に凝聚する必要があるのでしょうか?意根には语言文字がない、分析もできない。もし全体の意思を一点に凝聚しない場合、语言文字が存在し、意根は参究できず、意识のみ单独で思惟分析。意识の分析程度は浅く、深い智慧を生じできない。つまり意根が参究しないなら智慧生じず、意识の慧は決定作用を起さず。意根に智慧がある時、五蕴の方向盘を把握でき、五蕴の今後命运を決定できる。
9
+1