衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2020年03月03日    火曜日     第1開示 合計2182開示

『楞厳経』第三巻 地大虚妄

原文:阿难。如汝所言。四大和合。发明世间。种种变化。阿难。若彼大性。体非和合。则不能与。诸大杂和。犹如虚空。不和诸色。若和合者。同于变化。始终相成。生灭相续。生死死生。生生死死。如旋火轮。未有休息。

解釈:仏は言われた。阿難よ、まさにあなたの言う通りである。四大の和合によってこそ、世間の种种の変化が現れるのである。阿難よ、もし四大の種性がその体性において和合するものでないならば、諸大は互いに混ざり合って和合することができない。それは虚空が一切の色法と合することができないのと同じである。もし四大が和合するものであるならば、共に変化して世間を作ることになり、世間の相は永遠に存在し続け、生滅が相続し、生れては死に死んで又生れるというように、生々死々が回転する火の輪のように、永遠に休むことがないであろう。

原文:阿难。如水成冰。冰还成水。汝观地。粗为大地。细为微尘。至邻虚尘。析彼极微。色边际相。七分所成。更析邻虚。即实空性。

解釈:阿難よ、水が氷となり、氷がまた水に戻るように、あなたは地の相を観察しなさい。粗いものは大地であり、細かいものは微塵であり、さらに虚空に近い極めて細かい微塵に至る。それら極めて微小な色塵を析分して、虚空の際辺に近い色相を七分に分け、さらに析分すれば、いっそう虚空に近づく。このとき、微塵が実に空性を具えていることが見えてくるのである。

原文:阿难。若此邻虚。析成虚空。当知虚空。出生色相。汝今问言。由和合故。出生世间。诸变化相。汝且观此。一邻虚尘。用几虚空。和合而有。不应邻虚。合成邻虚。又邻虚尘。析入空者。用几色相。合成虚空。

解釈:阿難よ、もし虚空に近いこれらの微塵が、さらに析分されて虚空となるとすれば、虚空が色相を出生させることを知るべきである。あなたは今、四大の和合によって世間の一切の変化相が出生するのだと問うている。あなたは一つの虚空に近い微塵を観察してごらんなさい。それはいくつの虚空が和合して存在するようになったのか。隣虚塵が隣虚塵を合成するということはあってはならない。また、隣虚塵が析分されて空に入るとすれば、いくつの色相を合成して虚空となるのか。

原文:若色合时。合色非空。若空合时。合空非色。色犹可析。空云何合。汝元不知。如来藏中。性色真空。性空真色。清净本然。周遍法界。随众生心。应所知量。循业发现。世间无知。惑为因缘。及自然性。皆是识心。分别计度。但有言说。都无实义。

解釈:仏は言われた。もし色相が和合するとき、和合した色は虚空ではない。もし虚空が和合するとき、和合した空は色相ではない。色相は析分することができるが、虚空をどうやって和合させるのか。阿難よ、あなたは根本的に知らないのだ。如来蔵の中では、色の性質は真空であり、空の性質も真に色である。色と空はともに本然として清浄 (viśuddha/pariśuddha) であり、法界の中に周遍していて、衆生の心に随い、その知るべき量の大小多少に応じて現れ、衆生は自らの業に循ってこそ発見できるのである。世間の人は皆無知であって、色空は因縁によって出生したもの、あるいは自然に自然と現れたものだと、迷い惑って思っている。これはすべて衆生の識心の分別と計量であり、衆生が何かを言うならば、何を言おうと実際の意義はないのである。

ここで世尊は、色が虚空を生成すること、虚空が色を生成することを否定された。物質の色塵がもし細分して虚空となることができるならば、虚空は色から構成されていることになる。では虚空はいくつの微塵の色相から構成されているのか。もし微塵が虚空を構成できるならば、虚空はもはや虚空ではなくなる。そうであれば、虚空もまた微塵の色相を構成できることになり、ではいくつの虚空で微塵を構成できるのか。もし虚空が微塵を構成できるならば、虚空もまた虚空ではなく、微塵もまた微塵ではなくなり、いずれも自体の性を失ってしまう。

もし微塵の色相が合成されて虚空となることができるならば、虚空は色である。もし虚空が合成されて色となることができるならば、色は虚空である。虚空と色相とがどうして互いに合成し転換し合うことができようか。両者の間は平等に対立する関係であり、これがあれば彼はなく、彼があればこれがない。色は地・水・火・風の四大の種子によって形成された相貌のあるものであり、虚空は相貌のない法である。それゆえ、色は虚空に転換することはできず、虚空はまして色に転換することなどできないのである。

色は如来蔵 (tathāgatagarbha) から生まれたものであり、虚空が転換合成して生まれたものではない。虚空もまた如来蔵から生まれたものであり、色が析分されて生成されたものではない。世尊は楞厳経の中ではっきりと説かれている。万事万物はすべて如来蔵から生まれ、すべて如来蔵に由来する。色のあるところは必ず空ではなく、空のあるところには必ず色がない。色のないところに、空が現れてくるのである。それゆえ、空は色によって顕発されるのである。最後に総括して、すべては如来蔵の性であると説かれ、それゆえ色空は不二なのである。

——生如法師の開示
前へ前へ

学仏の修定と道家の修定の違い

次へ 次へ

盗の問題についての討論

ページトップへ戻る